魂の目的とは?人生の目的とは?_何がどう違うのか何か考えてみた

はい!トヨです。

突然ですが、今を生きる私たち人間は、一体どう生きれば心底充実した日々を生きることができるでしょうか?

というのも、昔の日本なんかでは、基本的に職業や地位が世襲制、男尊女卑思想だったことで、現代よりも自分で人生の選択をする機会と範囲が格段に少なく狭かったんじゃないかなーと思うんです。

これは不自由であると同時に、ある意味、人生の選択について現代人みたいにあれこれ思い悩み、自分探しをする必要性が生じにくい環境だったともいえるわけです。

ところが現代では(日本では)選択の自由が与えられて、どう生きるか、ある程度選ぶことが可能になっています。

基本的に自由。

これが何気にむずかしい。
昔とは別の悩み苦しみを生むこともあったりして。

なにしろどう生きるかを選択する必要性と、自分への責任が生じてきますから。
自由であるがゆえの苦しみですね。

私たちは自分で自分の人生を決めなければならないわけです。

大きなところでは進路選択や職業選択、引っ越し、結婚、離婚など・・・。
日々の生活の中でも、ざっくりどんな暮らしを営みたいか。
細かいところでは時間をどう使うか、何を食べるか、何を買うか、誰と会うか・・・。

人生はまさに選択の連続。
選択の積み重ねで人生が成り立っています。

自分で選んだ人生の責任は自分が引き受ける・・・これが今を生きる私たちだからこそ味わえる、人生のオモシロ特典であり、同時にやっぱり悩み苦しみの原因です。

そんな人生の選択になるべく悩まず、自分(魂)の道理に沿う選択をして充実した日々を生きるためにも、心に備えておくと便利な『魂の目的』と、魂が設定してきている『人生の目的』について、今回から数回にわけて書いていきたいと思います。

(前置き長っ)

魂の目的と人生の目的って何が違うの?

いや、ぶっちゃけ、別に無理に分けなくてもいいんですけど、今回トヨは一応分けて考えてみようと思います。その方が説明しやすいから ←

  • 魂の目的・・・最終的な、究極の目的
  • 人生の目的・・・魂の目的を果たすために人生ごとに設定している目的

・・・こんな感じで、どうでしょうか。
少し補足させてください。

魂の目的

魂の目的はひとつで、全人類みんな同じです。

『真の自分を知る(悟る)』

流れは全て、↑ここに行き着きます。

・・・『みんな同じ』というのは、全ての魂の大元(源)は絶対的な”ひとつ”なので、最終目的地(真の自分)も共通だよ、という意味です。

(スピ界隈でいうところのワンネスといえばわかりやすいですかね)

こちらについては別の回で、あらためて詳しく書きます。

人生の目的

その一方で人生の目的は、大きな流れという意味では魂の目的にちゃんと重なっていますが、私たち個人の心身の特質やら環境を活用してミッションクリアできるよう、細かく設定されているイメージです。

いろんなライフイベントであらゆる感情を湧き立たせて、目的を果たすための課題に取り組むよう促されます。

①欲や願いを実現させようとする自己実現的な行為によって間接的に取り組む場合もあれば、②ダイレクトに心の問題にフォーカスが当たる場合もあります。

①について、たとえば『私には人を癒し地球を救う使命がある』という信念(願い)を抱くに至った人は、その使命そのものがミッションというよりは、『“他人を癒して地球を救うための具体的な行為をしてみることで得られる体験”を通して叶えたい人生の目的』(長っ)があるから、そういう信念を抱く流れに入った・・・という感じです。

全て自分ですからね。
他人も地球も、自分を知るために与えられた材料です。

人を癒す=自分を癒す
地球を救う=自分を救う です。

似たような例ですが、もし自分のことを『特別な使命を神様から与えられた特別な存在』なのだと考えるに至った人は、『“特別な使命を神様から与えられた特別な存在というセルフイメージで行為することで得られる体験”を通して叶えたい人生の目的』(長っ)があるから、そういう考えを抱く流れに入っ・・・(しつこいっ)

一方で例えば『自分のことを愛せない』ことを自覚して、そのことにとことん悩む流れに入ったような人は、②のダイレクトアタックタイプです。

自己肯定感が低いとか、すぐ怒ってしまうとか・・・いろいろあると思います。そんな自分のアレコレに悩むのもまた、人生の目的という大きな流れの一部だったりします。

でも厄介なことに私たち人間の通常の意識では、その壮大な流れのほんの一部、個別の体験位しか把握することができないんですよ・・・。

どうしてもひとつの体験だけを細かく切り取ってそこにだけフォーカスしちゃうので、「なんでこんな体験したん!?」と突っ込みたくなるようなものもあります。人生をあとで振り返ってみたときに、「あーあれはこういう意味があったんか」と気づくようなこと、ありますよね。

また、今生だけで完了するとは限らず、幾度とない他生をまたいで達成するような目的もあります。この場合も、今生の体験だけ観るとやっぱり「なんでこんな体験したん!?」と突っ込みたくなります。

更に言えば、「頑張れそうなら挑戦してみてね!来世もあるからご無理なさらず・・・」みたいな、なんなら棚上げOKの難易度高めなやつもあれば、同じ難易度高めでも「ここはなんとしても今生達成したいから絶対逃がさないのよー」とゴリゴリに押してくるような感じのもある気がします。魂的な「ここぞ勝負どき!」というタイミングがあるんですかねぇ・・・。

・・・さあ、いかがでしょうか。
なんだか外堀だけ掘ってしまったような説明だったかもしれませんが、だいたいこんな感じです。

続きます。

次回は、人生の目的について、私トヨの体験談なんかを小出しにしつつ書いていく予定です。

それではまた~