今回からは罪悪感について書いていきます。
感情には喜びや悲しみなどいろんな種類がありますが、トヨは個人的に、人によって使う感情のチョイスに個性が出るな・・・と感じておりまして。
特に意図せぬ出来事に遭遇したとき。
人それぞれ『お気に入りの感情』というのがあると思うんですよ。
これ使っとけば間違いない!と無意識で思い込んでいる鉄板の陰性感情。
心のポッケにいつも忍ばせといて、何かあったらササっと取り出してすぐに使えるやつ。
因みに私が長年愛用してきたものは主に『怒り』と『罪悪感』ですが、きっと人それぞれ、他責感や嫉妬や疑いや焦り・・・心のポッケに入れておくお気に入りの種類が違う気がします。
で、今回書く予定の罪悪感は、(他の感情も同じようなものですが)とても強烈に心を揺さぶるし、”自分を責める”という特徴があるので結構しんどい。
なんといってもエゴちゃんの愛用品だし、それなりにメリットがあるから毎度その感情を採用してはいるんですが、いつまでも自分を責め続けていても仕方がないのです。
というわけで今回は、私たちが必要以上に罪悪感に振り回されないためにどういう視点を持ったらいいか、罪悪感から抜け出していくにはどうしたらいいかについて考えていこうと思います。
それではいってみよう!
感情は二人場織で表れやすい
前置きで『お気に入りの感情』と書きましたが、ここでは主に、表に出てくる感情のことだと考えてください。
要は、すぐに自覚できる感情です。
「私今怒ってるわー」
「私が悪いんだろうか・・・」
↑ こんなふうに、自分ですぐ気づけるやつ。
心理学でいうところの『二次感情』にあたると思われます。
二次感情というのは何かの出来事が起こったときに、≪事実≫や≪瞬間的に感じる最初の感情≫を受け入れがたい場合や、≪内面の課題≫に向き合うことを回避したい場合に、最初の感情を覆い隠すように表にズイっと出てくる感情のことです。
( ↑ 自覚できない無意識の心の働きです)
瞬間的に感じる最初の感情(= 心理学では一次感情)というのは、不安、怖れ、悲しみ、寂しさ、虚しさ・・・などが該当しそう。
内面の課題というのは、自信がない、自己嫌悪、自尊感情が低い、各種コンプレックス・・・などなど。
例えば、店員の態度が不満で怒ってる人がいるとして。
本人は自分は怒ってると自覚しているけど・・・
実は根っこは悲しみなのかもしれない(無自覚)。
そしてその悲しみは『自尊感情の低さ』からきているかもしれない(無自覚)。
自尊感情が低いから、自分で自分を尊重できない。
だから自分が尊い存在かどうか、自分以外の外側のもので確認するしかない。
もし店員が自分を大切に扱ってくれれば自己存在を肯定できるし、そうじゃなければ自己存在を否定されたようで、悲しみが湧く。
だけどその悲しみは『自分は大切にされるような存在じゃない』というめっちゃコアなセルフイメージに直結しているから、そこと向き合うのはメチャクチャしんどい。
だから本当は感じたい『悲しみ』をスルーして、心の課題を回避するのに便利な『怒り』を湧き立たせて店員の態度が悪いせいにする。
こんな感じ。
世界は自分が創ってる
因みに自己肯定感が高い人の場合は、もし同じように店員が不遜な態度を取ってきたとしてもそれは相手の課題であって自分には一切関係がないという認識になります。
だから「あの人疲れてたのかなー」「機嫌が悪かったのかもね」「なにか悩みがあったんじゃない?」みたいな推測くらいはするかもしれませんが、そんなに心に引っ掛かることなくただの出来事として流れ去っていくだけです。
出来事は同じでも、心の在りようによってこんなにも受け取り方が違ってくるという・・・
結局は『世界は自分が創ってる』し、『問題の本質はすべて自分にある』ってことでしょうかね。
ここはちょっと厳しいと感じちゃうところかもしれないですけど(^_^;)
でもこれも捉え直せば、『問題の本質がすべて自分にある』からこそ『自分の心を整えていけば世界はいくらでも変えていける』ってことになります。
・・・もはやここが人間やってて一番おもしろいところじゃない!?(←魂の大声)
話が少しずれたので戻しましょ。
罪悪感は本質を隠すのにめっちゃ便利
いろんな考えがあるようですが、トヨは個人的には罪悪感も、怒りと同じ『二次感情(本当の気持ちを覆い隠すための感情)』かなーと思っています。
(あくまで経験上の話ですよ~)
というのも罪悪感をたどって内観していくと、必ずといっていいほど毎回心の深いところに、本当は感じたかったであろう本質的な何かが隠れているので。
罪悪感というのは、本質を覆い隠すのによっぽど便利なんでしょう。
一時期、罪悪感を湧き立たせる似たような体験が立て続けに起こってきてたので毎回湧いてくる罪悪感をたどって内観しまくってたら、だんだんエゴちゃんのパターンがわかってきた感じです。
あまりにも罪悪感を活用して内観しすぎたせいか、最近は慣れてきちゃって罪悪感が湧いてきたら、
「またまたぁ、隠そうとしてもどうせあるんでしょっ!知ってるんだからねっ★」
てなノリで、罪悪感自体を最初からスルーして一時感情に意識をフォーカスすることが多くなりました。
(一時感情もお気に入りのやつがあるので、パターンさえわかっていれば早いのです)
そしたらおもしろいことに罪悪感が湧いてきてもしばらくすると消えていったり、そもそも罪悪感を抱くこと自体も減ってきたように感じます。
あまりにも早く一時感情に気づくようになってきたので、罪悪感の出る幕なし状態。
そういう意味ではもう、お気に入りとは言えなくなってきてるのかもしれません。
罪悪感の出番をめっきり減らしてエゴちゃんをドン引きさせてしまう女、トヨ ←
ありがたいことに以前より穏やかな時間が確実に増えてきております。
自分を責めるってやっぱりきついもんね~
罪悪感で自分を責めてるほうがラク?
自分を責めるってやっぱりきついもんね~・・・と書いておいた直後に『自分を責めてるほうがラク』ってh2見出しに書くヤバイ女、トヨ ←
いや、だってエゴちゃんがそう言ってるし。
(エゴちゃんのせいにしましたごめんなさい)
でもやっぱりそうなんですよ。
エゴちゃんにとっては自分を責めてるほうがラクだから、そういう生存戦略を自分で選んでいるということになります。
・・・なぜ?
すでに上で書いていることですが、受け入れがたい感情や事実、自分自身の心の課題を回避するためです。
罪悪感で心をいっぱいにしていれば当面は他の視点を心から追い出せます。
「たとえ自分を責めて苦しみ続けるとしても、まだそっちのほうがマシ」
・・・こんなふうにエゴちゃんが判断してるから、罪悪感を自ら創り出しているわけです(←無意識)。
逆にいえば、そうしなきゃやってられないほど自分と向き合うことを怖がっている(←無意識)ってことですね。
だから罪悪感が湧いてきたときはまず、
「あーそうか、今は自分の心をエゴちゃんが守ろうとがんばってるんだな・・・」
「こうまでして守りたい≪大切な何か≫が、心のもっと深いところにあるんだろうな・・・」
・・・と、自分自身の心の働きにやさしく気づいてあげることがまずは大切かなーと思います。
エゴちゃんもやっぱり、幸せを求めてることには変わりないんですよ。
ただ少し・・・いや、かなり不器用なだけです。
そんな自分がいるんだなぁと理解してあげるだけでも、罪悪感でいっぱいだった心に少しゆるみが生じて、別の視点を差し込むことができるようになると思います。
というか、実はすでに ↑ 上のエゴちゃんのがんばりを理解しようとする工程自体が、別の視点(メタ認知)だったりするんですけどねっ!
ほらほら~この時点でもう、罪悪感から片足膝下分位は抜け出しつつありますぞ!
それでは!




