苦しみの原因となる思い込みを見つける方法

はい!管理人トヨです。

最近≪魅惑のかちひろこ≫さんという方のyoutube動画にこっそりハマっています。突き抜け感がすごいです。

理屈はいい!とにかく笑いたいという人には、今すぐyoutubeで検索してかちさんの動画を見ることをオススメします。個人的に気に入っている動画は「ステーキを焼くアリエル」「世界で一番悲しいサザエさん」「ミッキーさん」「DOGS」「エリザベート」です。

そして前回までの記事はこちらです ↓

あの~・・・。
実は前回、思い込みの修正について詳しく書いてみたんですけど、またもや超長文になってしまったために『思い込みを見つける方法』の部分をバッサリ削除したという経緯がありまして。

(“修正”より“見つける方法”が先でしょ!?という内なるツッコミはスルーした)

なのでその部分をコピペして新たに手を加えることからはじめるとします。

ペタッとな。

で、もうお気づきかもしれません。

実は思い込みを見つける方法、前々回の記事(#6-2)の中で既にあらかた書いております。

  1. ≪ねばべき≫を探る
  2. 陰性感情を探る
  3. 記憶から体験のパターンを探る
  4. 専門家の援助を得る

少し解説しますね。

①≪ねばべき≫を探る

「~せねばならない」
「~すべきだ」
「~すべきではない」

普段自分や他人に対して口にしたり思ったりするこういう言葉は、思い込みからきています。≪ねばべき≫を小さなことも含めてあるだけ紙に書き出すワーク、やってみると面白いですよ。すごい数になると思います。

どんな思い込みがあるか頭で考えて出てくるレベルなので、数ある思い込みの中では比較的表層の部分のものが探れると思います。

②陰性感情を探る

いつも使っちゃう馴染みの感情、特に陰性感情(怒り・悲しみ・怖れ・嫉妬・不安・劣等感・罪悪感・自己否定感など)が湧いたとき、大体その奥には浄化を待っている思い込みがあります。

感情が創られるということは、その前提として認知機能による判断があります。そして判断を下すためには「こうあるべき」という判断基準があります。この判断基準こそが思い込み(認知)です。

なので思い込みが知りたければ、感情をたよりに内側を調べていくといいです。

例えば私の場合、怒りが馴染みの感情ですぐ使っちゃうんですけど、「この怒りの奥には何があるの?」と内側を深く観ていくと、途中で大体悲しみに変わって、更に「この悲しみは何に繋がっている?」って聞くと、「自分を大切にできないことが悲しいんだな」と気づき、「どうして自分を大切にできないんだっけ?」と聞いていくと、「だって私っていちゃダメな存在でしょ?そんな私を大切になんてできないよ」と返ってくるわけです。

最後の「私はいちゃダメな存在」というのが思い込みですね。

ただし、表層のものならともかく、深いところにある思い込み(=自己存在に関わるもの)がこの例のようにツルツルと出てくることって少ないと思います。なぜなら、特に自己存在に関する思い込みは、肉体次元の意識にとっては生存に関わるものだからです。

「自分がいちゃダメな存在」ということを自覚しながら生きるのはかなりしんどいものです。だから、そこは普段自覚することがないよう、無意識がちゃんと回避してくれています。

例えば私の例でいえば(過去の記事で書きましたが)過剰適応が回避行動にあたります。人の顔色を見て相手にとって好ましい自分を演じたり、人から承認を得られるよう努力したり・・・ここにいちゃダメって人から思われないよう、自分が思わないで済むように頑張るわけですよ。そして過剰適応を頑張れているうちは、深い思い込みはまず自覚できないです。必死に回避しているものをわざわざ掘り起こすなんてこと、しませんから。

肉体次元の意識が自分を守ろうとする働きはヨーガでいうところの五大煩悩のひとつ『生命欲』からきたものなので、と~っても強烈なんですよ。なのでいざ自分の思い込みを探ろうとすると、鉄壁のディフェンス力を発揮してきます(これをメンタルブロックと表現する人もいますね)。

顕在意識(普段の状態)でこのディフェンスを掻い潜ろうとしても、正直いってなかなか難しい。そして、無理にこのディフェンスを突破する必要はありません

だって無意識が回避を選んでいるということは、まだそれが必要なんです。

本当に思い込みを浄化する段階にきたときは、ちゃんと無意識が外側の変化・ライフイベントを起こして自分と向き合うよう促してきますから。

・・・それは時に、心の痛みやショックを伴う体験かもしれませんが^^;

で、そういうタイミングで自分と向き合うと、ディフェンスしつつも浄化したい部分だけガードを甘くしてくれる感じです。なので抵抗感を感じつつも、なんやかんやでいずれはそこを抜けていくことになっていきます。

本気で向き合う必要がある時がきたら、その時はちゃんと内省・内観への道に向かう流れに入っていくと思います。自分を知りたいという気持ちが日に日に強くなったり、内観への興味・・・というか、興味を通り越して必要性からくる切実な渇望が出てきます。

自分で内側を観れるようになったときに、段階に応じてその時扱えるところだけを慎重に観ていくのが一番自然で安全です。
(ここは大切なことなので、覚えておいて頂きたいところです)

・・・じゃあなぜ管理人トヨは一連の記事を書いているのか?

それは知っておくのと知らないのとでは雲泥の差があるからです。知識を得たうえで内側を意識することを自覚して生きる・・・それが重要なんです。

思い込みというものがあることさえ無自覚なのと、思い込みが何なのかはまだわからないけど、陰性感情が湧いてきたときに都度気づいて「きっと何かの思い込みがあるんだろうな」と思いながら生きるのとでは、同じ体験でもその意義が変わってきます。

意識的に生きることが鉄壁のディフェンスをかわす基礎練習になってくるんですよ。

なので深いところを観ることに執着する必要は全くありません。
その執着もまた苦しみになるだけです。

それより、普段から無意識の完璧な流れ・采配に身を委ねながら意識的に過ごして、もし向き合う流れが訪れたら、その時は感情を手掛かりにして、無理に深く掘り進めようとはせず、まずは触れることができるレベルの思い込みから着実に探ってみてください。

準備ができていれば、出てくると思います。

③記憶から体験のパターンを探る

今、何かの出来事を体験している最中に陰性感情が湧いてきたとします。その感情を辿って深く内側を調べていくと、突然忘却記憶が湧いてくることがあるんですよ。

こういう忘れ去っていた昔の記憶がポッと出てきたときに、今体験している出来事とその忘却記憶との共通項を探ると、これまで気づけなかった自分の行動・言動・思考・感情のパターンが発見できて、その奥にある思い込みが観えてくるかもしれません。

例えばこんな例。

ある男性は、もうすぐ完成というところまでくると、急に最後までできるか不安が湧いてきてしまい、いつもそこから先に進むことができません。「どうして最後までやり遂げられないんだろう・・・」そんな悩みを持っていた男性は、ある日ふと「そういえば子どもの頃、どうしても欲しくて親に頼み込んでやっと買ってもらったプラモデル、いざ作ってみると難しくて途中で作るの諦めたことがあったな」と子ども時代の苦い記憶を思い出します。

・・・どうでしょうか?この男性の中に潜む思い込み、想像できます?

もちろん作っている物も状況も年齢も今と子どもの頃とでは全く違うんですが、湧いてきた不安に引っ張られる形でふと思い出した記憶は、今直面している課題と何かしら共通項があるものです。

特に子どもの頃の記憶は、『私は○○だ』という思い込みを創るきっかけになった体験や、その思い込みを強化するに至った体験だったりするので、出てきたときは自分を調べるうえでかなりいい材料になります。

ただしこれも注意点が。
その記憶を思い出したとき、感情が荒ぶるようなら、一旦手放しましょう。

記憶の取り扱いは、とてもデリケートに行う必要があります。トラウマをお持ちの方はフラッシュバックの危険もあります。

だから感情が押し寄せて制御できそうにない場合は、何はともあれ一旦サヨウナラ。
追いかけない。深堀りしない。執着しない。

ふと湧いてきた記憶は確かにいい材料になりますが、それは自分が客観的に材料として扱うことができればの話です。
感情が荒ぶって制御できない状態では、材料としては使えません。

思い込みって感情・思考の波を静めないと観えてこない仕様なんですよ。荒ぶるということは、まだ扱うには早い材料ということです。そういう記憶は持っていても負担にしかならないので、また逢う日までサヨウナラしましょう。

これもいずれ向き合う準備が整った段階で、自分と向き合う材料として必要ならまた思い出します。そのとき心の波が自分で静められる程度のものだと感じられれば、深く観ていく材料として使っていけると思います。

④専門家の援助を得る

これは説明不要、そのままの意味ですね。
きちん学ばれて、訓練を積まれていらっしゃる専門家の方であれば、頼るのもアリだと思います。私もこれまで人生の転機に素晴らしいご縁を頂いて、助けて頂いた経験があります。

ただし自称専門家と名乗る人の中には・・・いろんな人がいますから。
なので、選別は慎重に行ってください。

きちんと見極めてね。

はい、本当はここから更に『思い込みによる自己評価をぐりんとひっくり返して強みとして再認知する方法』を書く予定だったんですけど、もう次回にします。

・・・だってさ、これの前の記事って7000字超えてんですよ。どんな大作書きあげてるんだって話ですよ。

絶対最後まで読めない。疲れちゃう。
実際私もそうだった。

やっぱりどんなに長くても3000字位に抑えなきゃダメなのよぉ~

というわけで、次回へ続きます。

何かの参考にして頂けると幸いです。

それでは!