前回は『魂の目的』と『人生の目的』の違いについて、外堀をホリホリしつつ書いてみました。
他には「人生の目的は個別の体験だけにフォーカスしがちな人間視点だと、どうしても気づきにくいよ!体験は実は大きな流れの中にあって、目的へと私たちを運んでいるよ!」というような話でしたね。(でしたっけ?)
前回のお話はこちら↓
魂の目的とは?人生の目的とは?その違いとは?
・・・にしても、概念の説明って案外難しいもんですね。
前回、概念の外堀ばっかりグルグルしてそれなりに疲れたので、今回は人生の目的について、私の体験談なんかも含めて書いていこうと思います。(更に疲れる可能性・・・泣)
人生の目的をお探しの方へ、何かしらの参考になれば幸いです。
とにかくまずは疑問をもたねば話にならん
疑問とは?
言わずもがな・・・
生きること、人生や自己存在の意味についての疑問ですよ\(^o^)/イエーイ
いきなりの胸やけ展開ですよね。
「あなたメンヘラですか?」という問いには、とりあえず全力で「えぇ、世間的にはそうですね。」と答えておきます。
でも人生の“本質的な”目的を知ろうとする流れの最初の入り口って、こういう疑問からだと思いません?トヨはそうでしたよ。
私の場合は生育環境がなかなかハードだったので、早々に「あれ?もしかして私、要らない子なんじゃない?」と思い始め、「私、何のために生まれてきたんだっけ?」という疑問をもつことができました。
と同時に不安感も生まれました。
何のために生まれてきたんだろう・・・とかいう“自己存在そのものへの疑念”なんて、ひとたび考えだすと、薄暗い心の底なし沼にドボン、です。答えなんてそうそう見つかるもんじゃありません。
でも!!
自己存在への疑問を抱くこの流れこそが!!!
実は魂にとっては『しめしめ・・・( *´艸`)』なのだ・・・といったらどうでしょう。
・・・こんな疑問もつと、めちゃ苦しいってのにねー。
私の中で、魂=ドS疑惑が浮上するわ。
あ、いやまて、魂=自分だから、ドMでもあるか・・・
魂は、ドMであり、ドSでもある。
そしてそのどちらでもない。
だから何だ。
話を戻します。
人間は疑問を抱くからこそ、答えを求めます。
何が言いたいかというと、今自分のことがわからなかったり、生きる意味が何なのかわからなくて苦しかったとしても、大丈夫。魂が導く大きな流れにちゃんと流れに乗れてるんだからねってことです。
たとえ今悩んでても、なんにも間違ってないし、とっても順調なんですよ。
それでいいんです。
だって魂は『しめしめ・・・( *´艸`)』してるから。
そして私たちが求めている以上、魂は必ず答えに導きます。
目的に気づいてほしいんだから、当然ですよね。
なので、今生、人生や自己存在に疑念をもてたそこのアナタ!
ラッキー魂★!!!
メンヘラ上等。
誰が何と言おうと、魂(=自分)的には「いいよいいよ、よくここまで来たね~頑張ったね~」です。
自分がそんなラッキー魂★だってこと、まずは全肯定してみてください。
その調子で、この大きな流れに乗っていくのです!!!
人生の目的を知ると何がどう変わる?
トヨは紆余曲折ののち、現在はありがたいことに今生の人生の目的についてはザックリ大まかなところは理解できつつあるので、「生きる意味は?」とか「自分って何だっけ?」とか、「なんでこんな体験しなくちゃいけないの?」とかいうことに悩むことはめっきり少なくなりました。
どちらかというと今は、その目的を果たすために葛藤を感じながらも試行錯誤する段階・・・と自分では認識してます。ザックリでも気づいたことで、人生のフェーズが変わった感じです。
実感としては、「いろいろあるけど結局のところは魂の意図に沿って生きてるんだなー」とあきらめ・・・腹落ちすることができて妙な安心感は持てたし、人生の充実感は確実にアップしてるように感じてます。
どうやって人生の目的に気づくか(トヨの場合)
ここからは、私が人生の目的をザックリ把握するに至った経緯を簡単にご紹介します。
(というか、別に人生の目的をガッツリ把握しようと意図してやってたわけじゃないけど、自分自身や自分の人生について理解が深まった結果、いつのまにか把握してたんですけどね・・・)
それは、ひたすら今生の体験の意味を俯瞰しつつ観ていく・・・これです。
- これまでの体験は私にとって本当は一体何だったのか
- なんでこの体験をする必要があったのか
- この体験でどういう思い込みを創ったか(もしくは強化したか)
- この体験から私は何に気づきたかったのか
こういう感じの問いを自分に投げかけ、総ざらいで自分の人生を再検討していった結果、どうやら人生には必然的な流れがあるんじゃないか・・・ということに気づいたんですよね。
で、そこにはどうしても魂の計らい的なもの・・・意図のようなものが見えてきて、最終的に、どうしてもひとつの答えにしかたどり着かなかったというわけです。
気づくとこれまでとんでもなく理不尽にしか思えなかった体験が、魂次元では実に理にかなっていたことがわかってしまったので、腑に落とさざるを得なかったし、同時に「魂よ・・・ドSか!!」と全力で突っ込みを入れたくもなっちゃいましたよね。
しかし魂・・・。
上でも書いたけど、そういうところだぞ、ほんと。
あ、でもまって、魂=自分だったわ。
ということは、魂は同時にドMでもあるわけで・・・(以下略/つまらん天丼失礼)
さ、話を戻します。
人生は私に何を求めているのか
因みにトヨがなぜ上記のような『体験を俯瞰してとことん観ていく確認作業』をやるに至ったかといえば、人生のどん底で心が粉砕骨折していたときに出会ったヨガの先生から「人生があなたに何を求めているか考えてみるといいですよ」という言葉をいただいたことがきっかけでした。
それまで個別の体験だけを切り取っては、悲劇の主人公として自己憐憫に励んでいるだけだった私の意識に、まったく別の視点(=人生から体験の意味を探る視点)が生まれた・・・そんな雷から打たれたようなコペルニクス的転換点でした。
かなり後で、それがヴィクトール・フランクル氏の言葉だったことを偶然知りましたが、当時は全くそういう知識もなく、ただこの言葉だけが強烈に私の心に残り、『私は人生から何を求められてきたんだろう』と何年にもわたって答えを求め、深く熟考を重ねてきた感じです。
あのときこの言葉をいただかなければ、今の私は少し違う自分だったかもしれないし、もし言葉をスルーしていたら・・・以下同。
でもなんだか、生育環境やらこれまでの人生経験やら何度も繰り返してきたパターンやら、つらつら思い返してみても、どう考えてもあの時確認作業に入る流れは「絶対逃がさない」タイプの必然の流れだったような気がするし・・・なんか人生ってほんと・・・オモシロイデスヨネー(白目)
次回へ続きます。
次回は人生の目的を果たすための手段についてと、人生の目的を自覚して生きるということについて書く予定です。
それでは!




