思い込みを「強み」に変えて、自己肯定感を高める方法

はい!最近、鍋とバスタオルで米を炊く研究に励んでいる管理人トヨです。

前回は思い込みを見つける方法について書きました。記事はこちら ↓

今回は、思い込みを強みとして再認知する方法について、簡単ですが書いてみようと思います。こういうのって本当にケースバイケースですべてを網羅するものでもないと思いますけど、まぁアイディアのひとつとして知っておけば何かの役に立つかもしれません。

まずはじめに、なぜ思い込みが強みになるのか?

それは、長年エネルギーを注ぎ込むからです。

エネルギーって意識するほうへ流れるんですよ。
たとえ思い込みに対して無意識であっても、心の働きはありますからね。

私たちは人生の中で飽きもせず延々と、思い込みに反応する形で適応するために努力し、注力し、強化を図り、その部分を鍛え続けているわけなので、当然膨大なエネルギーがその思い込みに注がれているということになります。

例えば、私が持っている『私は迷惑な存在だ』という思い込み。

自分が迷惑な存在だと思い込んで生きてきた人は、迷惑を掛けたり掛けられたりすることに非常に敏感に反応し、“迷惑を掛けるかどうか”が行動選択のひとつの基準となって人生を創っていきます。

自分の中に迷惑に関する基準があるからこそ、意識のエネルギーをここに大量に投入して、自分が迷惑を掛けると自分を責めて否定したり、他人が迷惑を掛けていると許せないと感じたりするんです。

これって言い方を変えると、日頃から迷惑判断分野の感性を強く鋭く磨き上げ続けているってことじゃないですか。

・・・これがどんなにすごいことか、わかりますか?

だって、人間の中には迷惑センサーを一切持たない人もいますよ。周りに迷惑を掛けていることを想像すらできない人、たくさんいます。

その分野の感性が育っていない場合、人から「どうしてそんな迷惑なことするんだ!」と責められてもピンとこない感じになったりしますからね。

そういう意味で、体験っていうのは本当に得難く貴重なものなんです。

たしかに苦しみの体験もあります。
でもその一方で気づきをもたらし、人格に深みをもたせ、霊的成長の糧にもなるものです。

魂にとっては、内容問わず、体験は歓びです。
思い込みをたくさん創ったからこそ得られた体験もたくさんあったし、育て上げてきた感性もあったハズです。

だから、生きづらさや苦しみの原因になっているだけのように思える思い込みであっても、実はスポットライトの当て方を変えると、強みとして活かしていくことも、自分を肯定する材料にすることもできます。

あとは強みや自己肯定感の材料として使える程度に、認知をゆるめていけばいいんです。

じゃあどうするか?

視点を高くして客観的に観るんです。
“苦しみの原因”以外で、まだスポットライトが当たっていない別の観方を探していきます。

具体的にはこんな感じです。

『私は迷惑な存在だ』という思い込みを持っている私は、日頃から周りになるべく迷惑を掛けないように意識して慎重に過ごしているのは間違いないわけです。

もちろん完璧にはできないんで、私のふとした行為を発端として誰かが迷惑を被っていることもあるでしょう・・・笑

まぁそうだとしても、良い悪いの話ではなく、なるべく迷惑を掛けないように心掛けている意識の人がこの世界に存在することで保たれている平和があると考えてみると、自分がいかに世界平和に貢献しているか、わかります。

自分にとっての当たり前は、実は全く当たり前じゃないんですよ。

だからこの点は自分という存在に対して十分に敬意を払えるポイントです。

そしてこの視点であらためて自分という存在を眺めてみると、そもそも一体今の自分のどこが「迷惑な存在」なんだという疑問が湧くわけですよ。ずっと信じ続けてきた思い込みと現実の自分にうっかり矛盾が生じてきます。

そうすると、思い込みをゆるませざるを得なくなってしまうんです。
自分は迷惑なんだってあんなに強く信じてたのに。

さらに、他人の迷惑行為にイライラした場合は、せっかくなんで、イライラしながらも自分を知る材料として活用します。

「あの人なんやねん!!まぁでも、そうだな・・・私はあんなことはしないかも。そうか、私ってああいうことをする人間ではないんだな。なるほど。
↑ここを当たり前だと決めつけてスルーしない。大切。

そしてせっかくなんで、ついでに自己肯定感も上げたりもします。

「これまであんなふうに周りに嫌な思いさせないように気をつけて生きてきたなぁ。よく頑張ってきたよね私。」

(この二段活用は実際にやってみると、イライラがス~っと消えていきます。オススメ!)

※「他人と比較することはよくない」みたいな考えもありますが、周りは自分を知るための材料として存在してくれているので、自分が伸ばしてきた個性に気づいて認めるために、周りを上手に使っていくことも大切です。

また時には自分が周りに迷惑を掛けてしまうことだってあります。
そんなときは、「これまで本当によく頑張ってきたし、人間は完璧じゃないんだから、今回は、ま、いっか☆」です。

だって自分がもたらしてきた世界平和への貢献度を考えると、十分許される範囲ですよ。妥当妥当。

そもそも冷静に考えると、どちらかというと自罰傾向のほうが強い私は他人の迷惑についてはイライラしながらも結構寛容に接していたりするわけで、そうすると自分にだって寛容さを発揮したっていいよね・・・なんて考えが湧いてきたりします。

するとまたうっかり思い込みがゆるんでしまいます。
私は迷惑な存在なんだって、あんなに固く信じてたのにね。

はい。
こんなふうに、そのままでは活用しづらいネガティブ面は一旦棚上げして、ポジティブ面からアプローチすることで思い込みをゆるめる自分育成DIY作業をやっていく感じです。

思い込みをより高い視点から公平に観てみると、決してネガティブだけではないことに気づけます。だってここは二元性の世界ですからね。ネガティブ面があるなら、必ずポジティブ面もあるんです。

思い込みを持つことで得てきたポジティブ面を通して自分を知り、肯定する材料として捉え直し、鍛えてきた個性・強みとして自己受容していくんです。

自己受容が進んでいくと、『迷惑を掛けてはいけない』が、『たまには迷惑を掛けることもあるよ、しゃーない』位には変化していきます。

ゆるんだからといって「これからは積極的に迷惑を掛けていこう!」とはなりませんのでご安心を。

世界との調和と自己受容とが丁度良く中和していく感覚です。

何が迷惑かをきちんと判断できるスキルは、調和的に生きるうえで役に立ちます。

実際、少なくともマンションの上下左右に住む住民は、私の部屋からの音に関してはそれほど悩まされずに済んでるハズです。

騒音主じゃなくて私がここに住んでいるからこそ保たれている平和があるわけで・・・つまり、私は存在するだけで十分役に立っている。

そんな素晴らしく貢献的な個性を持つ私が今ここに居る、というわけです。

あ!他の思い込みも同じですよ。
別の観方を発見してみてください。必ずありますから。

例の『私はいちゃダメな存在だ』だって、母が悲しい想いをしないで済むために幼い私が採用したのなら、私の本質は『大切な人を守るためには自己存在を否定することさえ厭わないほど優しくて純粋で強い』ということが観えてきます。
(子供時代は魂により近いので、本質が現れやすいです)

ま、あまりにも不器用ですけどね~
でもそこがまた尊いでしょ?
・・・ん~天使か!!!(二度目)

はい。
簡単ですが、今回はこんな感じです。
自己肯定感については他にも書くべきこと、たくさんあるハズなんです。
思い付いたらその時にまた追々書いていこうと思います。

深夜1時、さすがに眠い。。。

何かの参考にして頂けると幸いです。

それでは!