前回から罪悪感について書いています。
確か前回は、罪悪感は受け入れがたい本質的な感情や事実、心の課題を無意識に回避するために湧いてくるよ!という内容でした。
前回の記事 ↓
罪悪感にばかりフォーカスしていると、本当に大切なことには気づけない
今回は罪悪感の取り扱いについて。
そして罪悪感の奥にあるものについて書いていこうと思います。
それではいってみよう!
罪悪感の取り扱いは自分次第
前回の記事で「罪悪感は二次感情」と説明しました。
罪悪感の奥には、本当は感じたいけど感じることを無意識で回避している”本質的な何か”がありますよ・・・というお話でしたね。
この理屈からいえば、罪悪感から抜け出すのは結構簡単です。
罪悪感で覆い隠している”本質的な何か”に気づいてしまえばいいんです。
たとえば、RPGのダンジョン探索において。
(いきなり?)
だいたいのプレイヤーは宝箱を発見しつつ最深部へ向かいますが、開封が済んだ宝箱に興味をもつ人ってあんまりいないと思いません?
プレイヤーにとっては中身のアイテムこそが重要なんです。
中身のアイテムをゲットしたら、もう開封済の宝箱に意識は向かない・・・それと同じ理屈ですね。
罪悪感も、本質を覆い隠している間こそ存在感ツヨツヨですが、本質に気づいた時点でその役割を終えることが多いのです。
だからとにかく、今トヨが伝えたいことは・・・
「罪悪感を突き抜けろ!!!」
ってことですかね~
罪悪感の沼に自ら留まっていても、自分を責めること位しかやることありませんから。
いっそ、その沼を突破してしまったほうが、少なくとも自分を責める苦しみからは抜け出せます。
まあねぇ・・・
自分を責める生き方を選ぶのも自由だし、この三次元世界特有の楽しい沼遊びではあるんです。未開封の宝箱をそのままの形で愛でたければ、それもまたよし!
なので、結局は『自分がどう生きたいか』なんですよ。
宝箱を開けるかどうか決めるのは自分次第。
あくまでプレイヤー(=自分)の自由意志によります。
・・・もはやここが人間やってて一番おもしろいところじゃない!?(←前回に引き続き、魂の大声)
とはいえ、やさしく取り扱いましょう
上で「罪悪感を突き抜けろ!!!」なんて激しい感じで書いておいてなんですが、無理矢理こじ開ける必要はありません。
というか、しないほうがいいかも。
だってほら、罪悪感にもちゃんと相応の役割、存在意義もあるわけで・・・。
本質(受け入れがたい事実や感情、触れたくない思い込み)を回避する必要がある(とエゴちゃんが信じている)から、回避しているので。
エゴちゃんなりにがんばって心を守ろうとしてくれてるわけなので、その功労を踏まえたうえで、本当はどうしたいか、やさしく自己対話していく必要があります。
上手に回避できて自責感の苦しみもなんとなくやり過ごせている状態なら、別に無理矢理開く必要はないかなーと。
穿孔していない虫垂炎(盲腸)と同じような感じですかね。
薬で散らせるうちは、無理に開腹せずともよい的な。
(違うかw)
- 罪悪感で生活もままならぬほど苦しい
- 今を生きること、幸せでいること、挑戦することを自分に許可できない
- もう自分を責め続けるだけの日々に心底ウンザリしている
- なんだか同じような自責体験が続いていてパターン化している気がする
- そもそも回避に飽きた
- 自己探求マニア ←トヨ
こんな感じの方で「やっぱり自分(本質)に向き合いたいなー」と思われる場合は、取り組むのもアリかもしれない。
せっかく罪悪感が湧いてきて「この奥に本質ありますぜ!」ってわかりやすく教えてくれてるので、活用するのもアリかもしれない。
どう取り扱うかはやっぱり自分次第ってことですかね。
・・・さて、どうしたいですか?
罪悪感の奥に隠れているもの
ここからは罪悪感を活用して自分と向き合ってみたい方に向けて、トヨがいつもやっていることや体験談を書いていきます。
必要ない方はスルーしてくださいね。
ではいってみましょ。
前回の記事で書いた通り、トヨは罪悪感が湧いてきたときはその罪悪感をたどって心の奥へ潜っていく内観作業をするのが好きなんですが、その作業を通して気づいたこととして、私の場合必ずと言っていいほど、心の深いところに本当は自覚してスッキリしたいであろう”本質的な何か”が隠されているのを実感しています。
もう少し具体的にお伝えすると
- 隠された感情(←これを一次感情ともいいます)
- 隠された記憶
- 隠された思い込み
- 隠された純粋な願い
↑ こんなのが層になって深層意識に重なってるイメージです。
内観していくとだいたい①感情が一番最初にグワッときて、しばらく①を感じていくとそのうち②記憶がポッと出てきて、②について熟考していくと③思い込みを持っていたことにハッと気づいて、そうすると芋づる式に③純粋な願いがバーンと現れてくる感じ。
『球がこうスッと来るだろ、そこをグゥーッと構えて腰をガッとする。あとはバァッといってガーンと打つんだ』・・・長嶋さんかっ!名言だなほんと。
・・・しかし説明が難しいですね。
こういう内的な気づきの作業については、実際に内観を実践してご自身で体感していただくしかないかもしれません。
ひとまずは、罪悪感という名のローブをたよりに心の奥を探究していくと、隠された何かが少しずつ現れてくるよ、ってことをなんとなくでも理解していただければいいかなーと思います。
・・・と、ここで一旦罪悪感については締めようと思ったんですが。
なんとトヨは、思いのほかあきらめが悪かったのでした。
人間の心の働きについて語りだすと特にしつこい((+_+))←自覚済
なので次回、私が日頃どういう感じで内観しているのか、少しでも伝わることを願って、一応ひと通り書いて置いておこうと思います。
それいけ粘着質っ\(^o^)/
次回へ続きます。
それでは!




