スピリチュアルがわからなくなったり怖くなったとき

はい!スピリチュアルのフワフワ感も嫌いじゃない管理人トヨです。

前回はスピリチュアルの本質について私なりに考えてみました。まだ読んでない方はそちらからどうぞ。

今回は補足みたいなものです(いつもよりは文章短めです^^;)。
スピリチュアルについて迷ったときに、読んでくださるといいかもしれません。

私は個人的な感覚として、スピリチュアルにもいろんな段階があるんじゃないかなーと思っております。

というのも、この世界は意識の想念の現れですから、いろんな意識レベルの人がいる以上、それらの想念がそれぞれのレベルに都合のいい形となって、スピリチュアルという漠然とした概念の形で現れてきているんじゃないかと考えるわけです。

で、それぞれの意識レベルにあった情報をキャッチして、その段階のスピリチュアルを体験しているといった感じ。

具体的には一例ですが

ある人は目にみえない世界を否定する手段として・・・
ある人は逃避の手段として・・・
ある人は世界を救う手段として・・・
ある人は承認欲求充足の手段として・・・
ある人は欲しいものを引き寄せる手段として・・・
ある人は収入を得る手段として・・・
ある人は苦しみを癒す手段として・・・
ある人はありのままの自分を探す手段として・・・
ある人は自分を表現する手段として・・・
ある人は周りをコントロールする手段として・・・
ある人は自分を強くする手段として・・・
ある人は失望を体験する手段として・・・
ある人は人生を創る手段として・・・
ある人は真実の自分を知る手段として・・・

それぞれのいろんな段階に合ったスピリチュアルを体験している。です。

意識の都合・実現したい願望に合わせて、宇宙種族に惹かれたり、天使に惹かれたり、特別な使命に惹かれたり、能力覚醒に惹かれたり、引き寄せに惹かれたり、色々です。

十分体験して必要な気づきを得ると、興味が失せたり、現段階のスピリチュアルに嫌悪感や怖れが出てきたり、物事がうまく運ばなくなったりして・・・これでいいのかと懐疑的になる人もいるかもしれません。

でもそれも含めて、真実の自分に向かう大きな流れの段階のひとつなんだと考えています。

どの段階もその人にとっての正解。
人は見たいように世界を見ますから。

ただね、『段階がある』ということは、心の片隅にでも置いておくのはアリかもしれません。

この意識が無かった場合、例えば、逃避の手段としてスピリチュアルを使っている段階の人なんかは、苦しみの原因を直視するような深い次元の瞑想・内観はしんどく感じたりするので、内面に本気で向き合う段階にきた苦悩真っ只中の人に対して「また修行モードに入っちゃって~!考えすぎ!頑張らないの!ワクワクに従っていれば全部うまくいくんだから!」と自分が得ている外側のスピ情報だけで相手の努力を一蹴しちゃうようなこともある、かも・・・?

・・・そういえば昔、こういうセラピストさん、いたなぁ。
自分と他人の段階を客観的に識別することは、特にスピリチュアルを生業にしている方なんかは必要なのかもしれませんが・・・どうなんでしょうね。

因みに、師匠はよくこうおっしゃいます。
『一番大切なことは、その人が見ている世界を、敬意と関心を持って同じ視点から見ようとすること』

ワクワクな気分になれそうにないほどの陰性感情を伴う内的課題に直面している人に対しては、ワクワクに従えばうまくいくよっていう情報よりも、苦しみに寄り添って、内側からの声を一緒に聞いてあげるほうが時に救われることってあります・・・。

私はそうだったな~。
本当に死ぬほど苦しい時に、ポジティブ面だけを謳うスピ情報って正直何一つ役に立たなかったです。

もちろん、ワクワクに従うことには賛成ですよ。
人生を自分らしくクリエイトする段階のとき、思考に頼るより直観を使うほうがうまくいくというのはそりゃあそうだ!と思いますもん。

だからホント、『段階に依る!』としか言いようがないです。

・・・あ、話が少し逸れましたね。
戻します。

まぁ要は、人それぞれ段階があるっていうことを認識できていると、自分のフェーズを客観視できますし、段階の移り変わりの時期がきたとしても、そこまで慌てることなく、不要だと感じるものを手放すこともできますよ、ということなんです。

また、周囲からの必要のない助言を鵜呑みにしないで済むという利点もありますね。混乱させるアドバイスなんかはスルーしとけばいいんですよ。だって段階がそれぞれ違うんですもの。

更に、前回の記事で書いた某スピリチュアル系YouTuberさんじゃないですけど、自分の世界観とは違うスピリチュアルに対して、それ違うから!とわざわざ否定なんかしなくても、単に自分とは異なる次元の体験をしてる最中なんだなーと俯瞰しておくことができるし、余裕があれば心の中で応援することもできるかもしれません。

もし今、これまで信じてきたスピリチュアルがわからなくなったり、何かの情報を得たことでスピリチュアルが怖くなったり混乱してしまったりしている方がいらっしゃるなら、『今はそういう段階なんだ』と一旦自分を高い視点から眺めてみるってのはどうでしょうか?

前の記事に書きましたが、スピリチュアルって本当の自分へと意識を向かわせる概念であって、それ以上でも以下でも無いんです。スピリチュアルに迷ったり怖くなるような情報を入手したなら、その情報が本当の自分へ向かうために必要なのかどうか、冷静に判断してみてください。

外側のあらゆる情報は単なる想念の現れであって、自分を知るための材料・手段でしかなく、情報に引きずられる必要は無いということ。そして同時に、自分自身と自分を取り巻く世界全てがスピリチュアルな存在であり、良い悪いで判断されるものでは無いということを知っておくと、判断の助けになって、あまり振り回されずに済むんじゃないかと思います。

徐々に不要なものをそぎ落としていくことで、本質だけが残ります。

そして、そぎ落としていく過程の全ての段階に、たくさんの経験、気づきと学びが溢れていて・・・。

全てが自分を知っていくために用意されたステージであり、全て必要で、自分自身も、人生の流れも、人生を彩る人や環境や出来事も、結局全部≪愛≫であり、私たちは愛に包まれ完璧に導かれていたんだと気づいていくんじゃないかなぁと思います。

何かの参考にして頂けると幸いです。

それでは!