スピリチュアルの本質とは一体何なのか考えてみた

はい!スピリチュアルという言葉に出会って、かれこれ15年余!管理人トヨです。

さてさて、早速ですが、今日は『スピリチュアル』について、私見ですが、思うことを書いてみたいんですよ。

「スピリチュアルとはなんぞや?」というのが本日の主題です。

2020年令和の時代に今更なぜこのお題かというと、ちょっとした経緯があります。それを今から長々と書きます!ので、経緯をすっ飛ばして読みたい方はこちらをクリックして下へジャンプしてください。

実は私、この“メェと鳴くライオン”ブログをきっかけに、せっかく無料カードリーディングのページも作ったことだし、いい加減ちゃんとカードの勉強しなきゃなーと思い立ちまして(我流なもので・・・)、YouTubeのカードリーダーさんの動画をよく見るようになったんです。

たくさんの方がカードリーディング動画を上げていらっしゃる中で、この人すごいわぁ・・・ちゃんと深いところまで伝えてくれるわぁ・・・と感じるリーダーさんを何人か発見することができました。

それでウキウキとチャンネル登録させてもらって、一方的にリーディングの勉強をさせてもらっていたんですが、登録していたYouTuberカードリーダーさんのうち、2人の方がある時立て続けに「スピリチュアルは危険かもしれないから手を引きたい」とか「スピリチュアルが曖昧でよくわからなくなった」という理由(だったかな?確か・・・)で急にリーディング動画を辞めてしまわれたんです。

で、率直に、少し残念でした。

ここまで深く読めるなんてすごい才能なのに、もったいないなぁと勝手に思ってしまってですね。
でもきっと、その方には現在、そういう人生の波・流れが訪れてるんだろうなーとも感じたので、それはそれでいいんだろうとも思いなおしました。

その出来事からしばらく経った頃、再びYouTubeアプリを開いてみたら、突然オススメ欄に知らない某スピリチュアル系YouTuberさんの「スピリチュアルとは?」みたいな動画(題名忘れました)が上がってきたんですよ。それで、前述の件もありちょっと興味が湧いたので、何気に見てみたんです・・・。

そしたら、ニューエイジ的な?スピリチュアルに没入して脳内がお花畑になってしまい現実離れしていっちゃう人に対して警鐘を鳴らしていて、地に足が着いていないお花畑系スピリチュアルにハマることをバッサリ否定した内容の動画だったんです。
なかなか興味深く見させていただきましたよ。

ただその動画では、肝心の「スピリチュアルとは?」何なのかについて、本質的なところは語られてなくて、否定だけして終わったので、その点がちょっとアレだなぁと感じました。

それでね。
この一連の流れを通して管理人トヨはぼんやり思いました。

結局、スピリチュアルの本質の部分が本当は何なのかよくわかってないスピ業界の人って多いのでは?・・・と。

かくいう私も完全に定義できているかというと、いまいちハッキリしない。よく考えてみると非常にハッキリしない概念ですよね。

それなら自分の整理も兼ねて、私なりに一度スピリチュアルについて思うところを書いてみようかなと思ったわけです。

・・・というところで経緯終了。

さぁ、それではいざ、参りましょうか。
目くるめくスッピスピな世界へ~~(違う)。

ここからは真面目かつネチネチくどくど自論を論じさせて頂きます☆

突然ですが、あなたはスピリチュアルを信じますか?

・・・いきなりそんなこと聞かれても困りますよねぇ。
なのでこの質問は一旦置いときましょ(後でもう一回出ます)。

●スピリチュアルな人
●スピリチュアルな世界
●スピリチュアルな考え
●スピリチュアルな人生
●スピリチュアルな体験
●スピリチュアル業界
●スピリチュアル産業
●スピリチュアル色
●スピリチュアル系
●スピリチュアル本
●スピリチュアルグッズ
●スピリチュアルカウンセラー
●スピリチュアルに生きる
●スピリチュアルにハマる
●スピってる
●スピ女
●スピ系

いやぁ・・・思いつくままに続く言葉を書き連ねてみると、スピリチュアル・spiritualって言葉、形容詞なこともあって、いろんな名詞やら何やらがやたらくっつきがちですね。世間ではかなり便利に、しかも結構雑・・・といいますか、ポップな感じでも(笑)使われてる気がします。それだけ人々の意識に浸透してきているってことでしょうか。

ここでちょっと箸休めに、一般的な基礎知識をば。

◇名詞はスピリチュアリティ・spirituality。
Weblio英和辞典・和英辞典によると≪精神的であること・霊性・脱俗性≫。

◇スピリチュアリティについては、1998年に世界保健機関(WHO)が提案した健康定義の改定案の中に文言が含まれていて(改定には至らずでしたが)、その際WHOでは改正に備え、スピリチュアリティの領域を測定するための尺度SRPB(Spiritual, Religion, and Personal Beliefs スピリチュアル、信仰、個人的信念)を作成し、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)評価尺度として、人間の本質を『物質的次元を超えた精神とし、人間はつねに生きがい、人生の意義を求めている』ものであるとしている。

☆更に興味がある人はwikipediaへジャンプ!
WHOの健康定義の改正提案

WHOが議題に取り上げるなんてちょっとビックリな気もしますが、2000年を間近に控え、21世紀の人類の健康を定義するうえで、スピリチュアリティという概念が必要であると認識されたってことなんでしょうかねぇ・・・。

因みに私が学んできたヨーガの講座では

スピリチュアリティ=宗教性
(※ “宗教” ではないですョ!)

・・・と教えていましたね。(ヨーガについて語ろうとすると、この“スピリチュアリティ”という概念の土台無しには話が一切進みません。とっても重要。)

でも最初に習ったとき、この宗教性というキーワードはいろんな含みがあるし、あいまいで正直よくわからないなぁと感じました。今は、なんとなくこんな感じか?・・・という感覚的なものとして、以前よりは少し理解できている?のかもしれない状態ではあります。

そんな私トヨの現時点での解釈では

スピリチュアリティ(=宗教性)とは
『人間とは肉体だけの存在ではなく霊的な存在(=魂)であり、真実の自己(=真実在)を知ること(=解脱/輪廻転生からの脱却/自己完成)を目的として、体験を通して意識の向上を図りながら生きる存在である』という視点で自己存在を認識すること
・・・と捉えています。

だからまぁ、上述のWeblio英和・和英辞典の≪霊性≫という和訳は、結構解釈的には近い?のかな。

更に、もっと突っ込んで個人的な感覚の部分を伝えさせていただくと、スピリチュアルって、自己存在そのもの、それと自分を知るために与えられた全て・・・要は『自分も世界も全てスピリチュアルな存在』だと思っております(個人的な考えですよ!!)。

えー・・・・・・・・・・・・。

これ、書いててわかる・・・難しい。
感覚を言葉で伝えるのは激ムズです(汗)

要は・・・上のほうで挙げた例を使うと、私の捉え方では、

●スピリチュアルな人
 ⇒っていうか、人ってそもそも全員スピリチュアルな存在(魂)ですやん。
●スピリチュアルな世界
 ⇒っていうか、世界ってそもそもスピリチュアル(現れ)ですやん。
●スピリチュアルな考え
 ⇒考えっていうか、スピリチュアルって在り方ですやん。
●スピリチュアルな人生
 ⇒っていうか、どんな人生もスピリチュアルですやん。
●スピリチュアルな体験
 ⇒っていうか、どんな体験もスピリチュアルですやん。

~以下省略~

と、こんなツッコミを入れたくなるんですやん。。。

あくまで感覚的なものなのでどう伝えたらいいのか非常に悩ましいんですけど、私の感覚では最終的なところでは二極化・分離するものでは無いんですよ。

スピリチュアルな人と、そうでない人、とか無くて・・・
スピリチュアルな考えと、そうでない考え、とか無くて・・・

最終的には分離も制限なし。

だって、どんな人のどんな生き方も、どんな在り方も、どんな体験も、どんな人格であっても、魂の体験・過程・段階のひとつでしょ?

魂の目的地は、二極・分離を超えたところにある本当の自分ですから。
もれなく全てがそこに向かってるわけですから。

だから結局、自分も自分を取り巻く世界も、全部スピリチュアルじゃん!となりません?

もちろん、自己存在への到達という観点からみると、内側(自分)に向かう生き方と、逆に外側(物質)に向かい自分から離れていく生き方っていうのはありますよ。

また、段階も確かにあると感じます(※優劣ではないですよ!)。
経験の違いからくる学びの深さ、ですかね。
どれくらい真理に意識が向き、どれくらい無智な状態なのか。
どれくらい真実の自分を知ることを強く望んでいるのか。
どれくらい識別智(客観視力)・自己制御力があるのか。
どれくらい意識化範囲が広いか、狭いか。
どれくらい利他的なのか、利己的なのか。
どのくらいカルマを積み、その浄化が進んでいるのか。

各々の段階に応じた体験を積みながら、時には何度も同じことを繰り返したり、前進後退したりしながら自分を向上させていきます。

だから世俗的にいえば、一見“スピリチュアル”的生き方ではないと思える人もいますよね。すっごい利己的で物欲にまみれて金儲けにしか興味が無い人・・・とか。

ある出来事に対して誰のせいとか何が悪いとか、そういう視点しか持たない人・・・とか。

でも、どんな生き方をしていても、どんな段階であっても、存在(魂)は真実そのもので、スピリチュアルな存在なんです。

全体の中のひとつの光。
互いの成長のために必要不可欠な≪現れ≫として、世界の構成員の一片として、必要不可欠な存在。

宇宙の愛を体現しています。

もちろん私も、皆さんも、ですよ。

なので、先述の『あなたはスピリチュアルを信じますか?』という質問は、言い換えればこういうことになります。

『あなたはあなたという存在(魂)を信じますか?』

・・・さて、どうでしょう?
皆さんは何と答えます?

肉体でも名前でも地位でも所有物でも役割でもない『私』。

自己存在へのゆるぎない確信、ありますか?

・・・まっ、実はこれ、究極的には解脱しない限り絶対にわからない仕様になってるんですけどね~
体験した人しか知りえないことです。

それはともかく、最終的にスピリチュアルとは?

霊的存在・魂としての自己存在そのものを表す概念。
自己存在へのゆるぎない確信を得るため、真実の自己が内在する内側へと意識を向けさせる概念。

これが私が考える現時点での『スピリチュアル』・・・かなぁ。

ひとまず、ここだけ押さえとけば、スピリチュアルという概念について迷ったり危険に感じたりすることはないように思います。

逆に、世間では他にもアセンションやら二極化やらスターシードやら天使やら悪魔やら引き寄せやら・・・いろんな情報もあるようですが、それらは私にとってはあんまり重要ではないかもしれません。皆さんが内側に意識を向けるのに便利だと感じるのなら、必要に応じて使っていけばいいんじゃないかなぁと思います。全ては≪現れ≫なんでね!(くどいようですが、個人的な意見です)

私の場合、本質から答えを引き出すのに便利でうまくて早い(牛丼か)っていうだけの理由で、このブログではオラクルカードを使ってますけど、○○天使とか○○神とか、実はほとんど気にしてないです。うまいこと伝えるために便利だからという理由で、たまに名前を拝借したりはしますけど(笑)

大切なのは、『オラクルカードメッセージを受け取った人がどう感じたか』これに尽きると思ってます。結局答えは全て自分の内側にあるのでね~

ただ、内的浄化が進んでいる人と接する中で感じることは、霊的段階を経るにつれて、外側の雑多な情報は不要になっていくんじゃないかな・・・と。

本質って実にシンプルなんだと思います。

はぁ~書いた書いた。
自分の中のぼんやりしていた部分が結構整理された気がします。
でもやっぱりネチネチくどくなった(笑)

個人的かつ内的な感覚・観念を文字だけで説明するのって、ほんと難しいです。
ごーめんなさーいよー(ノД`)

・・・哲学者の方ってホント凄いです。

でも、ここまで書いてあらためて思いました。
これって結局『ニューエイジ的思想じゃない!?』って(笑)
まーわかったうえで書いてたんですけどね^^;

ニューエイジの思想はヨーガも含めたいろんな考え方をミックスしたものなんで、そりゃあ被さってきますわ。

でもヨーガを学んでいくにつれ、やっぱりその違いは違和感という形で浮き出る感じはしています。

というわけで、次回は補足、かなぁ・・・。スピリチュアルに迷った時に参考になるかもしれない考え方や視点なんかがあれば書くかもしれません。
何かの参考にして頂けると幸いです。

それでは!